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2023年7月20日木曜日







 江戸川乱歩の生誕地として知る人ぞ知る存在だった三重県名張市が、一躍、その存在価値を全国の乱歩ファンにアピールしたのが、1997年に始まる名張市立図書館の乱歩リファレンスブックシリーズ全三冊の刊行でした。

 当時、同館の嘱託を務めていた中相作氏が超人的ともいえる力業で完成させた「文献データブック」「執筆年譜」「著書目録」は、乱歩の遺族である平井家の協力も得て、徹底的な文献調査と、綿密な分析、周到な本文執筆及び紙面設計により、うるさ型の多い乱歩マニアをも唸らせ、その後の乱歩研究に欠かせぬ基本文献とされてきたのはご承知の通りです。

 名張市立図書館からの刊行はこの三冊をもって打ち止めとなりましたが、実はその後も中氏はシリーズの完結篇として、「江戸川乱歩年譜集成」に取り組んできました。

 乱歩の伝記本といえば本人の筆になる回想録「探偵小説四十年」(1961)が、質量ともに他を圧する絶対的な存在として長らく屹立していました。自己に関する記録資料のコレクターだった乱歩がその膨大なスクラップブック「貼雑年譜」をもとに、昭和24年(1949)から12年にわたって書き継ぎ、原稿用紙にして2500枚にも及ぶこの大著は、自身の序言にもある通り「自慢も卑下も真正直」に告白した詳細かつ率直な記述により、乱歩の個人史としてのみならず、この国の創作探偵小説史の「定本」ともされてきました。

 ただその刊行から半世紀以上の時を経て、さすがに近年はこの絶対的な「定本」にもさまざまな角度から批判的検討が加えられています。その記述について事実の誤認や記憶の錯誤を指摘する声ばかりでなく、この大著の、読者を圧倒する溢れんばかりの記録群の陰には「ここに記してあるより深く他人が立ち入り、穿鑿するのを拒否して自身の内面の秘密を保持しようとする乱歩の意図があったのでは」などという、隠された執筆意図についてのあらぬ(?)憶測まで飛び出していました。

 そんな「探偵小説四十年」への論議を踏まえたうえで、中相作氏がリファレンスブックシリーズ完結篇として今回、満を持して送り出す藍峯舎版「江戸川乱歩年譜集成」は、まったく新たなアプローチによって構成された「乱歩伝」です。

 三部構成の内容は下記の目次の通りですが、まずご注目いただきたいのが第三部のフラグメントです。これは「探偵小説四十年」の本文、引用文を除き、それ以外の乱歩が残した夥しい数の回想記、自作解説、身辺雑記のほか書簡、草稿、対談、座談会、果ては広告文などから自伝的要素のある長短さまざまなフラグメント(断片)509点を抜き出し、年代順に配列して再構成する、という気の遠くなるような作業を経て生み出された新たな「乱歩自伝」であり、かみしもを脱いだ「探偵小説四十年」の別ヴァージョンと称すべきかもしれません。

 この第三部だけで400頁近いボリュームがありますが、乱歩の肉声を聞くような思いで通読すると、「探偵小説四十年」では覗けなかった、あるいは乱歩自身が本当は隠しておきたかったのかもしれない意外な実像が浮かび上がってくる、乱歩マニア必読の文献です。

 また、当然ながら第二部の「年譜」もただの年譜ではありません。乱歩の作家としてのルーツであるエドガー・アラン・ポーの生誕に始まり、昭和40年(1965)8月1日の青山葬儀所における乱歩の推理作家協会葬で幕を閉じるこの年譜は約180頁にも及ぶ長大なもの。乱歩の七十年の生涯に深くかかわった夫人や子息をはじめ、横溝正史、小酒井不木、森下雨村、谷崎潤一郎、萩原朔太郎、松本清張などの作家や編集者から少年時代の友人まで、多彩な関係者による貴重な証言が選り抜かれて随所に配置され、乱歩の「内面の秘密」に迫った「読み物」としての年表になっています。

 乱歩研究の第一人者が、リファレンスシリーズ前3巻の達成をもとに、膨大な時間を注いで取り組んだ完結編「江戸川乱歩年譜集成」の成果を、どうぞこの藍峯舎版でご堪能ください。


<内容目次>
Ⅰ 伝 Biography
  私の履歴書(1956年執筆)
  彼(1936年~37年執筆)
Ⅱ 譜 Chronicle
Ⅲ 録 Fragment (乱歩の自伝的文章の断片509点から構成)
巻末データ集(索引)

限定250部(記番入り)
定価24,000円(税込)

造本仕様
A5判 本文632頁(二色刷) 別丁扉(四色刷)
コーネル装・天銀箔、丸背、貼函、保護筒函

保護筒函上題簽用紙/ 波光(白)一色刷
貼函用紙/ 内・キュリアスメタル 赤(竹尾)
     外・ミランダ 黒(竹尾)
文字・銀箔押
表紙/ マーブル紙(伊ナポリ・Flavio工房)
   背及び角・アートカンブリックDX316(ダイニック)
   文字・銀箔押
見返用紙/ きらびきT100シルバー(竹尾)
本扉用紙/ きらびきT100シルバー(竹尾)四色刷

使用作品
戸田勝久「星の小径」(2007) アクリル 41×41㎝
本文紙/ 淡クリーム琥珀N (日本製紙)二色刷

2023年7月1日土曜日

音楽 : Bert Jansch (バート・ヤンシュ) プロフィール




Bert Jansch (バート・ヤンシュ) プロフィール


ブリティッシュ・トラッドの大物バンド、
The Pentangle(ザ・ペンタングル)のギタリストとしてJohn Renbourn(ジョン・レンボーン)と共に活躍し後のシーンにも多大な影響を与えてきたギタリスト/シンガーのBert Jansch(バート・ヤンシュ)Bert Jansch(バート・ヤンシュ)はアコースティク・ギターの巨匠、ブリティシュ・フォークの神様として多くのミュージシャンからもリスペクトされ続け、友人にはDonovan(ドノヴァン)Neil Young(ニール・ヤング)、そして中でもJimmy Page(ジミー・ペイジ)は彼に対して絶大なる信頼を寄せている一人であった。

バート・ヤンシュジョン・レンボーンを中心に、Jacqui McShee (ジャッキー・マーシー)(Vo.)、Danny Thompson(ダニー・トンプソン)(b)、Terry Cox (テリー・コックス)(Ds)によるペンタングルは’68年にデビュー・アルバム「Pentangle」にてデビュー。当時ブリティッシュ・トラッドをベースにジャズやブルースを取り入れたサウンドは新鮮な響きを放っていた。またこのアルバムにはCharles Mingus(チャーリー・ミンガス)の曲「ワルツ」も収録されていた。’70年にリリースされた3rd,アルバムに「Cruel Sister(クルエル・シスター)」というのがある。このアルバムも評価の高い作品の一つとなっているが、収録曲の“Jack Orion(ジャック・オライオン)”はなんと18分強にも渡っての大作でここでもBert Jansch(バート・ヤンシュ)の素朴なヴォーカルを楽しむ事が出来る。

ペンタングルは’72年に一旦解散してしまうのだが’83年に再結成、だがメンバーはバートとヴォーカルのジャッキーの二人のみになってしまった。 '80年代に入ってから「Open The Door」(’83)や「In The Round」('85)と昔と比べると幾分かポップなサウンドとなってはいるが、やはり味のある奥深い内容である事には違いなく、現在も昔からのファンに愛されている作品である。‘90年以降では‘91年にリリースされた「Think of Tomorrow」があるが、ポップな中にも郷愁感溢れるサウンドが詰まった作品である。‘93年には「One More Road(ワン・モア・ロード)」をリリース。ペンタングルのオリジナル・アルバムとしては計15枚のアルバム をリリースしている。

バート・ヤンシュのソロ・アルバムとしては’65年にリリースされた「Bert Jansch」から。バンドの頃より同じペンタングルのギタリストであるジョン・レンボーンが民族音楽を取り入れたサウンドを追究しているのに対しバート・ヤンシュはブリティッシュ・トラッドにこだわりを持っていたように、ソロでも彼独自のこだわりが伺える作りとして言ってみれば彼の音楽には職人気質を感じるものがある。彼のプレイを絶賛するミュージシャンのひとりジミー・ペイジは「一時本当にバート・ヤンシュに心酔していた」と語り、ニール・ヤングも「最も印象に残っているギタリスト」としてヤンシュのアコースティク・ギターについて語っていた事があるそうだ。ジミー・ペイジがヤード・バーズ時代に作った曲“Black Mountain Side”はバート・ヤンシュの“Black Water Side”を元に作られ、また“White Summer”というインストゥルメンタルもこれに似た曲調の楽曲なのが興味深い。

彼のこの長い活動歴をここでまとめるのは非常に難しいが、ざっくりとでも知りたい場合に例えば2000年に入って発表された2枚組のAnthology(アンソロジー)を聴いてみるのもいいかも知れない。過去のアルバムから22枚のアルバムを選りすぐり、44曲の選曲から成るこのアルバムを聴けば彼のギターとヴォーカルの「味」が染み入るように伝わってくる筈だ。

(HMV)