偏愛的収集記-暢気・気儘な箱々 其の参
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2026年6月13日土曜日
2026年6月12日金曜日
音楽 : McDonald And Giles / McDonald And Giles (青ラベル見本盤)
青ラベル見本盤。
歌詞/解説付属。
マクドナルド・アンド・ジャイルスの70年唯一作。
キングクリムゾンを脱退したばかりのイアン・マクドナルドとマイケル・ジャイルズによるブリティッシュロック史上にさん然と輝く言わずと知れた名盤中の名盤です。
私の所有レコードは何のへんてつもないぼろい日本盤ですが、高校時代に「宮殿」「ポセイドン」とともに聴きまくって細部のすみからすみまで頭の中にしみついてしまっています。
プログレとかフォークとかを超えて、英国のロックをたしなむ方ならば必携盤でしょう。
日本盤。初期日本ワーナーの激レアな青ラベル見本盤。まずまずの美品です。
試聴曲は現品からの取り込み音源です。
A1 Suite In C (Incl. Turnham Green, Here I Am And Others) 11:21
A2 Flight Of The Ibis 3:18
Lyrics By - B.P. Fallon
A3 Is She Waiting- 2:40
A4 Tomorrow's People - The Children Of Today 7:00
[Birdman] 21:45
※途中まで
B1a The Inventor's Dream (O.U.A.T)
B1b The Workshop
B1c Wishbone Ascention
B1d Birdman Flies!
B1e Wings In The Sunset
B1f Birdman - The Reflection
Ian McDonald guitar, piano, organ, saxes, flute, clarinet, zither, vocals and sundries
Michael Giles drums, percussion (including milk bottle, handsaw, lip whistle and nutbox), vocals
Peter Giles bass guitar
Steve Winwood organ, and piano solo on "Turnham Green"
Michael Blakesley trombone on "Tomorrow's People"
Arranged and produced by Ian McDonald and Michael Giles
Engineered by Brian Humphries
Assistant engineer: Richard Digby Smith
Strings and brass on "Birdman" and "Suite in C" arranged and conducted by Mike Gray.
2026年6月7日日曜日
書籍 : レイモンド・フォイエ "ハリー・スミス講義録 ナローパ大学の宇宙誌"
レイモンド・フォイエ "ハリー・スミス講義録 ナローパ大学の宇宙誌" [Book]
Label: カンパニー社 編者 レイモンド・フォイエ 訳者 工藤遥 四六判上製:384頁 発行日:2026年5月 ●編集前記(レイモンド・フォイエ) ●序文(ピーター・ランボーン・ウィルソン) ●ナローパのハリー・スミス(ダイアン・ディ・プリマ) ●第1講 無名性の合理性 ●第2講 自己言及は可能か? ●第3講 オールド・エイジとニュー・エイジ ●第4講 音楽とフィルム ●第5講 ネイティブ・アメリカンの宇宙(I) ●第6講 ネイティブ・アメリカンの宇宙(II) ●第7講 宇宙誌 ●あとがき ハリー・スミスの錬金術と魔術に関するいくつかの注釈(チャールズ・スタイン) ●訳者あとがき ●講義配布資料 訳者: 工藤遥(くどう・はるか) 1986年生まれ。東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了(音楽文化学)。訳書に、ジョン・コルベット『フリー・インプロヴィゼーション聴取の手引き』(カンパニー社、2019年)。 画家、映像作家、音楽学者、人類学者、魔術師、詩人、言語学者、哲学者、錬金術師、蒐集家、浮浪者——20世紀アメリカが生んだ最狂の野生思考=ハリー・スミス。 1988年から1990年にかけてコロラド州ボウルダーのナローパ大学で行われた講義を録音テープから忠実に書き起こし、言い淀みも、言い間違いも、突然の中断も、脱線も、沈黙も、咳すらも編集することなく、ハリー・スミスの思考を剥き出しのまま記録したドキュメント。加えてさまざまな文献から抜粋コピーされた講義配布資料(計104ページ)をそのまま収録。 何一つ説明せずにうねうねと蛇行する語りが、「知識」を単なる情報としてではなく、世界と自己を変容させるための実践として提示する。一般的な講義の形式を著しく逸脱し、本人すらも何かに巻き込まれていく思考の痕跡。自由詩のようなレイアウトが「意味」を分解し、すべてが読者に委ねられる。 「講義は詩として体験できる。いや、できない理由があるのか?」 (本書「序文」より) 「てんかんの前兆/人身供儀の生態学的理由/食人/異なる時代における車のクラクションの音程の違い/旧石器時代の地殻衝突/洪水と「洪水」/ヴードゥー教の憑依/民族食文化に関する不都合な情報/ある科学的発見の不都合な含意/死者との接触/危険、偶然、脅威の瀬戸際での、そしてその瀬戸際を踏み越えたところでの人生、およびそうした冒険によってのみ得られるエネルギーの追求/真実の原理そのものへの呼びかけ、そして同時にそれを揺るがすものでありながら、抑圧され征服された人々の中に体現される真実の領域への誠実な配慮/儀式的な損傷/瘢痕文身/儀式的役割の逆転/境界越え/他虐と自虐/猥褻(儀礼的・非儀礼的)/極限の肉体状態(飢餓、睡眠不足、恍惚の舞踏、幻覚剤、集中)/極限的秩序の事例(儀礼的、範疇的、分類学的)/子供の遊びの不気味な性質/人類の終焉/悪魔学/ネイティブ・アメリカンの発煙信号/スラム街における笛の合図/儀礼的ゲームとしての共同体間抗争/恐怖の通過儀礼/棒の力……」 (本書「あとがき」より) |
2026年6月1日月曜日
音楽 : 小杉武久 関連

サウンド・アーティスト小杉武久の半世紀以上にわたる活動を〈伝説〉から解き放つ展覧会
サウンド・パフォーマー、またサウンド・アーティストのパイオニアとして知られる小杉武久。音楽、アートやダンスなど、半世紀以上に及ぶジャンル横断的な活動は、多彩さゆえか、あるいは海外での活動が多いためか、その全貌に直接触れる機会は、思いの外少ない。今回、芦屋市立美術博物館で2か月間にわたって開催される展覧会〈小杉武久 音楽のピクニック〉展は、豊富な資料、映像、サウンド・インスタレーションなどで小杉の活動を〈伝説〉から解き放つ、貴重な展覧会だ。
1960年代初頭の日本初の集団即興といわれる〈グループ・音楽〉。1960年代、N.Y.から世界に広がったアート・ムーヴメントの集合体〈FLUXUS〉との関わり。60年代末に始められた〈タージ・マハル旅行団〉。それぞれが今や半世紀前の〈伝説〉になりかけている。そして、そのどれもが〈伝説〉に収まらない問題を孕んで、現在の我々に問いを仕掛けてくるのだ。
〈FLUXUS〉は、現代音楽の分野では作曲家のリゲティ、ケージ、一柳慧、更にオノ・ヨーコらが参加していたことで有名だ。パフォーマンス的要素が強く、音源や映像資料も少ないが、作品の〈出版〉には殊の外熱心であった。凝ったタイポグラフィーを施された手のひら大の小箱に収められて、ごく小部数だけ制作されたそれらの多くは、現在入手困難なコレクターズ・アイテムになっており、小杉作品もその一つだ。(主宰者ジョージ・マチューナスやメンバーたちが交わした、小杉作品の所有を確認しあう手紙からも、彼らの小杉に対する関心の高さが覗える。) 〈FLUXUS〉での小杉作品は、〈イヴェント〉(今でいうパフォーマンス)のための指示(インストラクション)を記したカードを小さなケースに収めたもので、楽譜というよりコンセプチュアルな〈アート作品〉というべきかもしれない。アクションの指示だけのインストラクションなどは、視覚、聴覚、身体を別々のものとして扱わない小杉の〈音楽〉を良く表している。
実はこうした小杉の音楽に対する考え方は、〈FLUXUS〉に参加する以前から一貫していた。むろん〈FLUXUS〉と小杉との関係は相互影響的なものであろうが、まるで禅の考案のようですらあるインストラクションをみると、〈FLUXUS〉たちには、単に時代の前衛意識の共有だけではない、もう少し深い日本の美に対する態度への関心や共感があったのではないかと思う。(そうでなければ、オノ・ヨーコからハイレッド・センターまで、あれほど多くの日本のアーティストが〈FLUXUS〉に迎えられたことの説明は難しいだろう。)
たとえば小杉と共に〈FLUXUS〉に参加した塩見允枝子の《エンドレス・ボックス》(1963)は、入れ子状になった紙箱の作品で、日本に古くからある折り紙遊びなのだが、トポロジックなトートロジー、あるいは小さな無限性を宿しているようでもある。そこには確かに〈FLUXUS〉的美学に通じるものが感じられる。逆に〈FLUXUS〉の代表的音楽家のラ・モンテ・ヤングの《インストラクション・ピース》(指示書きだけの作品)に、〈演奏会場に蝶を放て。蝶が窓から出ていったところで作品(演奏?)が終わる。〉というようなものがあるが、私など、この指示を読むたびに、安西冬衛のあの韃靼海峡の一行詩を思い出してしまう。〈FLUXUS〉一派の作品の解釈の多様性やオープン・エンド性には、どこか日本の詩学と通じ合うものがあるようだ。
芸大在学中に小杉らが結成した〈グループ・音楽〉は集団即興ではあるが、所謂前衛インプロ・ジャズやサード・ストリーム的なものではなく、「音楽のオートマティズム」(小杉)というべきものであった。音を生み出すアクションは瞬間的に選び取られるが、結果としての音の在り様をコントロールしようとはしない。ちょうど、アクション・ペインティングで絵の具を滴らせる“行為”が、その結果として生ずる飛沫の様態をコントロールできないのと似ている。“結果”を意図的なコントロールから解放することが目指されていたのである。
やがて1970年代後半から小杉は、ケージと共に活動を行っていたマース・カニンガムのダンス・カンパニーの音楽を手掛ける(1995年以降はカンパニーの音楽監督)ことになる。〈音〉と〈ダンス〉には、それぞれのプランやルールがあるが、両者を普通の意味で同期させる必要はない。そうした〈自由にしておくこと〉を基盤とするような美学は、ケージ~テュードア~小杉らに共有されるものだったといえるだろう。
〈音〉を人と人とのコミュニケーション・ツールや、個人的表現の道具として用いないこと。発音体(楽器を含む)を自在にコントロールすることから一定以上の距離を置くこと。それは、音を客体(オブジェ・ソノール)として扱うことといってもよい。かつて小杉は、テレビ・アニメ「鉄腕アトム」の音響制作チームに参加していたことがあるが、このチームの音響に対する考え方は、オブジェ・ソノール的であったと小杉は言う。全編にわたって電子音響による効果音に満ちたテレビ・アニメは、当時画期的だったに違いない。そもそもアトムの足音など誰も聞いたことがないのだから、この擬音的音響は非描写的・非従属的なものとならざるをえない。この非従属性をオブジェ・ソノールと読み換えたところに、小杉の独自性がある。(ちなみにレコード「鉄腕アトム・音の世界」には、音響エディターとして小杉の名がクレジットされており、音響のタイトルを読み上げる声のいくつかは、小杉本人の声のように思われる。)
ライヴ・パフォーマンスでは小杉は、独特のリヴァーブや反復性を効かせたエレクトリック・ヴァイオリンを弾くことも多いが、感情表現を前面に出すことなく、響きは即興(オートマティズム)的に発せられた瞬間、次々に結晶(オブジェ・ソノール)化されてゆくのだ。
全く楽器を用いずに、テーブルの上で行うサウンド・パフォーマンスも忘れられない。さまざまな材質の物体(オブジェ)を机の上に並べ、それらを即興的に操作して発せられる微細なノイズは、仕掛けられたコンタクト・マイクによって拡張され、思いもよらぬ音(ソノール)が導き出される。まさに〈音と出会う〉ことだけを目的とした錬金術的パフォーマンス。(しかもそれは、重ねた茶碗が時たまカタカタ鳴り続けたりするような、日常的な音との出会いの延長線にあるのだ。)
展覧会では、1970年代以降に本格化するサウンド・インスタレーション作品も紹介される。コンピュータを用いて複雑なシステムを組めば、もっと複雑な音響を手に入れることは可能かもしれない。だがインプットーアウトプット間のシステムのブラックボックス化は、必ず「音」の疎外を生じさせる。結局そこに生まれるのは、開放系のシステムではなく、単に閉じた関係性に過ぎない。(インターラクティヴ性を謳うテクノロジー・アートが陥るある種の胡散臭さは、この点に由来する。) 音を出すことと、音を聴き出すことの間にある、開かれた関係=オープン・ループが重要なのである。複雑なアルゴリズム計算による疑似ランダムな揺らぎで制御されるような送風機や調光器は必要ない。観衆(あなたや私)の起こす、空気や光の揺らぎで十分なのだ。
今回展示される、高周波発信機と受信機の不安定な干渉によって変化し続ける音響が生み出される《マノ・ダルマ,エレクトロニック》(1967/2015)や、鑑賞者の動きによってオブジェの発する音が変化する《ライト・ミュージックⅡ》(2015)なども、インターラクティヴというより、オープン・エンドな作品というべきだろう。そういえば以前、断続的に小さく“チッ”という音を発する、音の蛍たちのような、小杉のサウンド・インスタレーションを見たことがある。数か月後にそのスペースを訪ねると、展示はとっくに終了していたのに、ロッカーの中で小さくその音が鳴っていることに気づいた。〈ああ、あの作品は本当にオープン・エンドなんだなぁ〉、と思ったりしたのだが、果たしてあれは空耳だったのだろうか。
小杉武久(Takehisa Kosugi)
作曲家、演奏家。1938年東京生まれ。1960年、刀根康尚、塩見允枝子らと日本で最初の集団即興演奏のグループ〈グループ・音楽〉を結成。前衛芸術家集団〈FLUXUS〉により欧米に紹介され、NYでナムジュン・パイクらフルクサスのメンバーとパフォーマンスを行う。その後アメリカ移住以来、マース・カニングハム舞踊団の専属音楽家として、ジョン・ケージ、デヴィッド・チュードアらと活動し、1995年から2011年まで音楽監督を務めた。その後も世界各地の芸術祭や展覧会に数多く参加。
寄稿者プロフィール
五十嵐 玄(Gen Igarashi)
長年アートショップに勤務し、現代音楽・民族音楽のLP・CDの輸入・販売、現代音楽のコンサートやレクチャーを手掛ける。並行し、雑誌「ユリイカ」をはじめ、雑誌・CDライナー等の執筆多数。近年は、元(?)ジャズ喫茶でトークも行っている。
EXHIBITION INFORMATION
小杉武久 音楽のピクニック
会期:2017/12/9(土)~2018/2/12(月・祝)
時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(祝日の場合は開館、翌日休館)12/28~1/4
会場:兵庫県 芦屋市立美術博物館
【小杉武久展】トークショー
髙橋悠治(作曲家・ピアニスト) 聞き手:川崎弘二(電子音楽研究)
○2017/12/23(土・祝)14:00~
【小杉武久展】対談
小杉武久(音楽家) × 藤本由紀夫(アーティスト)
○2018/1/13(土)14:00~
【小杉武久展】上映会
日時:各日13:30-(開場13:00)
2018/1/27(土) ◆プログラム1「小杉武久 演奏記録」 *約3時間
2018/1/28(日) ◆プログラム2「現代美術とのかかわり」 *約2時間
2018/2/10(土) ◆プログラム3「PR映画・記録映画・科学映画」 *約2時間
2018/2/11(日) ◆プログラム4「マース・カニングハム舞踊団」 *約2時間30分
○すべてビデオあるいはDVDによる上映。
○以上の映画は小杉武久が音楽、演奏、音響などを担当しています。
*関連イヴェントの詳細はホームページをご覧ください
ashiya-museum.jp


2026年5月31日日曜日
音楽 : 小杉武久 関連
万物流転の流れをキャッチするアーティスト
text:湯浅学
*musée 1999年1月20日(#17)掲載
水や空気、あるいは人の世と自分との関わりにおける“流れ”は強く意識せずともふと感得できることがある。風や波、あるいは人との出会いや別れにおいて。そうでなくとも隙間風に揺れる香の煙のたゆたいや晩秋の枯葉の落下に気づくことや人づてに耳に入って来た噂話によって、この世には様々な“流れ”があり、その“流れ”がいくつもの創造物を生んでいるものだ、ときづかされることは少なくない。“流れ”をコミュニケーションと解することも可能であろうし、インスピレーションの源(のひとつ)ととらえることもできるだろう。音楽はそうしたこの世の種々の“流れ”の中における、演者から聴取者への一方通行の交流手段ではない。
***
小杉武久の活動、数々の作品は、音楽がこの世の“流れ”との親密な関係や気楽な交渉あるいは緊迫した接近によって生まれることをあからさまに伝えて来た。まるで小杉武久という存在が空気中の“流れ”に溶解してしまったように感じられることもあれば、自分自身の中の“流れ”と自らを取り巻く因果の“流れ”とが交戦しているような放電を見せるときもある。虚空に交差する空気中の粒子の流れを捕獲しそれを体内で飼育していると思えることさえある。その姿は厳格さと無邪気さが合体した類い希なものである。
行為そのものが演奏となる作品、その行為のための指示を作曲と呼ぶべき作品、即興演奏の中で試みたアクションを総合的に記録した作品(音のアクションとヴィジュアルのアクションとを多面的に考察したイヴェント作品)を小杉は60年代初めから発表してきた。
形となって完結してしまってた“作品”ではなく、演奏あるいは行動、動作という行為を発生させ(接触し)作用を及ぼした環境や状況におけるそれぞれ(行為者、参加者)の体験とその環境や状況との関係そのものも組み込んでひとつの“作品”とはつまり、小杉にとっては終了しない営みというべきかもしれない。
シュールレアリズムへの興味とラジオ制作の喜びとが平行して高まっていった中学生時代、(いわゆる)現代音楽への関心も生まれていったという。1950年代前半のことである。音楽的な興味をとりわけ学究的に深めていったわけではない、と小杉はいう。
97年にCD化された『グループ・音楽』は、小杉が東京芸術大学音楽部楽理科在学中に発足させた即興演奏のグループだ。グループ・音楽の即興演奏はジャズにおける即興のように楽曲という規定の中でそれぞれの技巧や諧謔精神を競い合うものではない。当時小杉はヨーロッパ的なコンポジション(図形化された楽譜ももちろん含めて)に関わる音楽そのものを否定していた。グループ・音楽について「オートマチックで完全に肉体を離れさせるような演奏で、エゴを越えようと考えていた。即興演奏というものに、ひとつの超越といった意味あいを求めていた」とかつて小杉は語っている。
音楽を他の行為、たとえば歩きまわったりあくびをしたり、といった日常の行動と差別化せずに、人間という存在における営みのひとつとして並列化して位置付ける。このことは小杉武久の“作品”“演奏”に一環した志向である。そこではたとえばひとつの“小杉流”といえそうな響きや行動にも規定されまいとする厳格さが貫かれている。自らが強欲に音楽(あるいは“作品”)を作り出し、構築してゆこうという姿勢など小杉武久にはまったくみられない。あくまでも音を発する上で、発した音に責任を保つ“作品”と自己とその環境との関係(“流れ”)に厳密であろうとする。“作品”の中にいる小杉武久は誰をも呼舞しないかわりに、その“作品”に接している人と物すべてと交感しようとしている。聴取し凝視している人だけではない。たまたま通りがかった人やうたた寝してしまった人に対してもそれは同様である。
世界中の多くの人々がCD化を求めている小杉のアルバム『キャッチ・ウエーヴ』は、天井から紐でつるされた発信機が扇風機からの風に揺れて生まれる、受信機との距離や方向の変化で創り出される音と小杉の声やヴァイオリンのとの相互のフィードバックの記録である。空間の“波”ととらえられること、つまり“流れ”と交互する試みと言いかえられる。小杉にとっては発信機を揺らす風は、エレクトロニクス技術や楽器との『キャッチ・ウェーヴ』を再現しても同様のサウンドが常に得られるわけではない。
「最近の扇風機は違うんですかね?いい風がでないんですよ」と先日小杉は語っていた。
98年10〜11月に行われたマース・カニングハム舞踊団公演の「シナリオ」では小杉作品《WAVE CODE A-Z》が演奏された。これは“耳には聴こえない非常に低い周波数の電子的な波を音に作用させ、音の波動を作り出す。このゆっくりとした電子の波にAからZまでのアルファベットで始まる26の単語の意味(指示)に基づいた、声、ヴァイオリン、発振器の演奏を組み入れると、変調され、空間に刻々と変化する音のスペクトルを生み出す”(公演パンフレットに掲載の小杉自身による解説)。このときの小杉の“演奏”に驚かされたという人は多い。それは“小杉武久という存在”を始めて目の当たりにした者たちだけではない。“小杉武久の作品”あるいはタージ・マハル旅行団の演奏に聴き親しんでいた者たちの中にも、今改めて“小杉”と向き合うことの必要性を感じとっている者が少なくないのだ。
それは音楽の流行の様相が(世界的に)変化してきたからではない。現在巷に流されたり市場で取り引きされている多くの音楽に欠落感や喪失感を感じることが少なくないから、という者もいるだろう。しかしそれはおそらく我々が、小杉武久の“作品”に貫かれた人間の精神(感覚と言い換えてもよい)回路に対する開かれた姿勢に対して、“本能的に”安堵と高揚を覚えてしまうからなのだ。どこの“体系”にも属さない小杉武久という“存在”の“流れ”を我々はあまりにもとらえなさすぎたのだ。紆余曲折はあったが、小杉武久は演奏し続けていた。つまり“作品”を作り続けて来た。小杉自身が、自分の“作品”の音盤化に関心を抱くことがほとんどなかったせいもあろう。記録や複製化が難しい“作品”も少なくなだろう。小杉武久はともすればふわふわと空間の“流れ”に漂ってしまうような趣きさえ持っている。音を“流れ”の中から釣り上げる名人だからだろうか。「昔からゆったりとして、ダルいやつが好きなんですよ」と言って小杉武久は笑った。たとえば、シャンソン、タンゴ、ジャズ、インド音楽、能が小杉の中には入ってもいる。「音楽は空気の振動だから、瞬間瞬間に消えていく。そうした定義できないものだからこそ、いいのだ」とも小杉は語っていた。だからこそ我々は小杉武久を“発見”しなければならないし、“キャッチ”しなければならない。受信した、と思った次の瞬間には小杉武久はそこにはいないかもしれないが。
■プロフィール
1938年東京生まれ。東京芸術大学楽理科卒。芸大時代にマルチ・インストゥルメンタルによる即興演奏を始める。60年日本で最初に集団即興演奏を行う「グループ・音楽」を共同結成。
音楽 : 小杉武久 関連
ARCHIVES
小杉武久 「音の世界 新しい夏 1996」
小杉 武久
10月14日(金)〜 11月5日(土) 営業:木、金、土 12:00〜18:00
10月14日(金)〜 11月5日(土) 営業:木、金、土 12:00〜18:00
今年の追悼展は、1996年芦屋市立美術博物館で行われた「小杉武久 音の世界 新しい夏」展の記録写真(高嶋清俊)、映像(藤本由紀夫)と、同展の為のドローイングなどを展示します。
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小杉武久の2022
小杉武久は亡くなっても、小杉武久の音楽はこれからも生き続ける。
小杉武久を演奏するとは?
小杉は作品のインストラクションや、使用機材のダイアグラム等のメモを多く残している。
非常にシンプルな言葉やドローイングは、シンプル故に多くの謎を含んでいる。
音楽は演奏という行為によって、絶えず新しい発見が行われる。
小杉武久の音楽であったものが、これからは我々のものとなって、新しい小杉を発見する時代になった。
藤本由紀夫
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関連企画
"小杉武久の2022" EYE, 和泉希洋志、高橋悠治 他、10月15日(土)15:30開演(15:15開場) ¥ 4,000-(ライブ&ドリンク)ホール・エッグファーム
詳しくは、hall-eggfarm.com, Facebook : カフェ・ルコック、Twitter : FALL EGG FARM, Instagram : hall.eggfarm

ふじいせいいち《Body Wave》
1971年/40分/HD(16mmフィルムをデジタル化)/音楽:タージ・マハル旅行団 デジタル化協力:CCJ (c)ふじいせいいち
1971年/40分/HD(16mmフィルムをデジタル化)/音楽:タージ・マハル旅行団 デジタル化協力:CCJ (c)ふじいせいいち
小杉武久《TM》
1974年/3分/HD(16mmフィルムをデジタル化)/サイレント
デジタル化協力:CCJ (c)HEAR


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