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2026年10月30日金曜日

映像 : 山田勇男

 

山田勇男

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山田 勇男(やまだ いさお、1952年〈昭和27年〉 - )は、日本の映画監督、映像作家、美術家、漫画家。北海道夕張郡長沼町出身[1][2]。

人物・略歴

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1974年(昭和49年)、北海道綜合美術専門学校(現北海道芸術デザイン専門学校)を卒業し、演劇実験室天井桟敷に入団。寺山修司監督『田園に死す』の疑景工作を担う。その後も、寺山修司の映画『ボクサー』(1977年)、『草迷宮』(1979年)、『さらば箱舟』(1984年)の美術や衣装デザインを担当している。

1977年(昭和52年)、札幌にて漫画家・湊谷夢吉らと「銀河画報社映画倶楽部」を結成。稲垣足穂の「一千一夜物語」をモチーフとした8ミリ映画の第一作『スバルの夜』(1977年)が、オフシアター・フィルムフェスティバル'79(後のぴあフィルムフェスティバル)に入選[3]。続けて『家路』(1981年)は、寺山修司の推選で、ぴあフィルムフェスティバルに入選。これらの作品を含め、湊谷が38歳で病没する1988年(昭和63年)までに[4]、「銀河画報社映画倶楽部」として、8ミリ5本、16ミリ3本を制作した。イメージ・フォーラム・フェスティバルへ招待出品した初期作品群は、1985年(昭和60年)にダゲレオ出版からビデオとして発売された。1991年(平成3年)から、大宅加寿子の運営するラ・カメラ[注釈 1]にて、山崎幹夫監督との定期的な上映会「ラ・カメラ・シネマ・フォー・アイズ」を続けている。2001年(平成13年)にはBOX東中野にて『となりの映像作家 山崎くんと山田さん 山崎幹夫全作品51本+山田勇男全作品59本』の一挙上映が行われた。その他、上映特集には、2003年(平成15年)には「星のシガレット - 山田勇男全映像展」(神戸アートビレッジセンター)や2009年(平成21年)からヤマヴィカスコープ座映像の詩学シリーズ(イルバ・サロン)がある。

現在まで8ミリフィルム作品を中心に100本を越えるアート・フィルムを制作。フランス、ドイツ、スウェーデンなどで特集上映が組まれている。1992年(平成4年)、ユーロスペースにて『山田勇男監督全作品連続上映』、2004年第50回オーバーハウゼン国際短編映画祭にて日本人として初めての回顧上映、2004年スウェーデン現代美術館メレット・オッペンハイム展の招聘アーティストとしてプログラムが組まれた。、また、16ミリ作品『月球儀少年』(2000)と8ミリ作品『記憶』(2014)がオーバーハウゼン国際短編映画祭で買上げになるなど、作品は美術館や大学にも収蔵されている。

劇場用映画の監督作品には、『アンモナイトのささやきを聞いた』(1992/カンヌ国際映画祭批評家週間招待)、つげ義春原作『蒸発旅日記』(2003)、『シュトルム・ウント・ドランクッ』(2014)がある。

主な個展は『僕のフェヴァリット』(1987年:札幌スペース・グルグル)、『僕のイプノス』(1994年:札幌テンポラリースペース)、『山田勇男展~六つの小箱~BOX ART展』(1996年:CRUMB-BOM)、『僕のミューズ』(東京ギャラリー百町森)、『YAMAVICA★KALEIDOSCOPE:六月の夜のきれっぱし』(2001年:東京LA CAMARA)、『夜のヴェール』(2002年:札幌市資料館ギャラリー)、『少女繪』(2003年:札幌古書ザリガニヤ)、 『山田勇男展「夜の膜」』(2003年:ギャラリー池田美術)、『瑠璃展』(2008年:ビリケン・ギャラリー)、ミモザ・ギャラリー表参道で上映会と併せた展示会シリーズ(2009 - 2011年)、『漫画集「戯れ」ポスター展』(2008年:ビリケン・ギャラリー)、『人魚』(2009年:ビリケン・ギャラリー)、『人魚の夜と夜:山田勇男人魚幻想画展』(2012年:万力のある家)、『山田勇男個展 ヤマヴィカポスター寺山修司映画篇』(2014年:ポスターハリスギャラリー)がある。2015年(平成27年)には、欧州初の個展『The Cosmology of Isao Yamada/山田勇男 その宇宙の断片」(Galleri Yamanashi, Stockholm)が開催された。

装丁作品は、『加藤泰資料集』(1994年:北冬書房)、鈴木清順『花地獄』(1996年:北冬書房)、原マスミ『夢の4倍』(1996年:北冬書房)、鈴木翁二『マッチ一本の話』(1998年:北冬書房)、つげ義春『つげ義春 漫画術』(1993年:ワイズ出版)、安部慎一『美代子阿佐ヶ谷気分』(2000年:ワイズ出版)など多数。また独特の手書き書体〝ヤマヴィカ製文字〟は、天野天街演出の流山児★事務所演劇ポスター(『田園に死す』、『西遊記』)、宇野亜喜良の展覧会、映画『二十世紀少年読本』(林海象監督)や『シュトルム・ウント・ドランクッ』のタイトル文字などに使われている。

山田についての書籍は『夢のフィールド』(1990年/イメージ・ガリレオ)、『星のフラグメント 山田勇男のあしおと』(2003年/ワイズ出版)、インタビュー小冊子『ヤマヴィカ宇宙学』(2014年/虹霓社)、展示会カタログ「The Cosmology OF ISAO YAMADA~ヤマヴィカ宇宙学Ⅱ」(2015年/虹霓社)、自身の著作には漫画集『戯れ』(2008年/北冬書房)、細密ペン画集『人魚』(2013年/北冬書房) がある。

映像作品は、『銀河画報社映画倶楽部アンソロジー I・II 』(VHS/喇嘛舎)、『少女オルフェ/星とプロペラ』(DVD:2007年/喇嘛舎)、『蒲団龍宮記(トタン街日和、ふねまくら遠景、薄墨の都を併録)』(DVD/LA CAMERA)としてまとめられている。

作品(映像)

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  • 『スバルの夜』(1977年)原案・監督/25分/カラー/8mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『夜窓』(1978年)原案・監督・出演/(20分/カラー/8mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『海の床屋』(1980年)監督・美術/25分/カラー/8mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『家路』(1981年)監督・美術/25分/カラー/8mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『銀河鉄道の夜』(1982年)監督・美術/45分/カラー/8mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『CHIME’RE』(1983年)原案・演出・選曲/3分/カラー/VTR
  • 『巻貝の扇』(1983年)原案・監督/12分/カラー/16mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『悲しいガドルフ』(1984年)原案・監督/20分/カラー/16mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『青き零年』(1985年)撮影・編集/37分/カラー/8mm
  • 『Un Image』(1985年)撮影・編集/12分/B&W/16mm
  • 『All Alone』(1985年)撮影・編集/10分/カラー/8mm
  • 『わが解体』(1986年)撮影・編集/15分/カラー/8mm
  • 『ライオンと菫』(1986年)撮影・編集/65分/カラー/8mm
  • 『降誕祭』(1986年)撮影・編集/15分/カラー/8mm
  • 『僕の失楽園』(1986年)撮影・編集/5分/カラー/8mm
  • 『Augenblick~光の綺術』(1986年)撮影・編集/10分/カラー/16mm
  • 『往復』(1986年)撮影/46分/カラー/8mm
  • 『ボエオティアの山猫』(1987年)監督・編集/15分/カラー/16mm (銀河画報社映画倶楽部)
  • 『リブスの沓下』(1987年)撮影・編集/10分/カラー/8mm
  • 『HINA』(1987年)撮影/3分/カラー/8mm
  • 『美の記憶』(1988年)撮影・編集・編曲10分/カラー/8mm
  • 『冬のスケッチ』(1988年)演出・撮影・編集/25分/カラー/8mm
  • 『水晶』(1988年)監督/12分/カラー/16mm
  • 『水晶リハーサル』(1988年)監督/10分/カラー/8mm
  • 『憧れが屋根にいる』(1988年)原案・監督・撮影36分/カラー/8mm
  • 『往復Ⅱ』(1988年)撮影・編集/90分/カラー/8mm
  • 『FLAMME―焔』(1989年)撮影・編集/9分/カラー/8mm
  • 『INCIDENT’S―偶景[5]』(1989年)撮影・編集/9分/カラー/8mm
  • 『夢を冠に』(1990年)監督/16分/カラー/16mm
  • 『追分』(1991年)撮影・編集・選曲17分/カラー/8mm
  • 『アンモナイトのささやきを聞いた』(1992年)監督・脚本70分/カラー/35mm (ユーロスペース)
  • 『薄墨の都』(1992年)監督/33分/カラー/16mm (LA CAMERA)
  • 『両眼が現象を記録する一秒前に』(1993年)撮影・編集・台詞・選曲/48分/カラー/8mm
  • 『衣装哲學』(1993年)演出・撮影・編集・選曲/20分/カラー/8mm
  • 『彼方』(1993年)撮影・編集・選曲/20分/カラー/8mm
  • 『往復Ⅲ』(1993年)撮影・編集/75分/カラー/8mm
  • 『旅の灯』(1994年)撮影・編集/30分/カラー/8mm
  • 『沓下の嘆き』(1994年)撮影・編集・選曲/9分/カラー/8mm
  • 『古風記』(1994年)◎底本「秋風記」太宰治/潤色・監督/30分/カラー/8mm
  • 『異国』(1994年)撮影・編集・選曲/30分/カラー/8mm
  • 『或る秘密』(1995年)演出・撮影・編集・選曲/17分/カラー/8mm
  • 『アンドロギュヌスの裔』(1995年)演出・撮影・編集/25分/カラー/8mm
  • 『夜のフラグメント』(1996年)監督/12分/B&W/16mm 
  • 『人形譚』(1996年)撮影・編集・選曲25分/カラー/8mm
  • 『ニッケルの夢』(1996年)演出・撮影・選曲/10分/カラー/8mm
  • 『マッチ譚』(1996年)監督・撮影・編集/80分/カラー/8mm
  • 『ロンググッドバイ』(1997年)監督/32分/B&W/16mm
  • 『僕はずっと続けて夢を見ている』(1998年)撮影・編集・選曲/20分/カラー/8mm
  • 『沼』(1999年)監督・選曲/12分/カラー/8mm
  • 『檸檬』(1999年)監督・編集・選曲/12分/カラー/8mm
  • 『プリズム』(1999年)撮影・編集・選曲/20分/カラー/8mm
  • 『レインドロップ』(1999年)演出・撮影・編集/10分/カラー/8mm
  • 『星月塔』(1999年)監督・撮影/15分/カラー/8mm
  • 『濹東の夢の猫の戀』(1999年)演出・撮影・選曲/20分/カラー/8mm
  • 『往復Ⅳ』(1999年)撮影・編集/63分/カラー/8mm
  • 『月球儀少年』(2000年)28分/カラー/35mm (札幌映画制作実行委員会)
  • 『星とプロペラ』(2000年)演出・撮影・編集/13分/カラー/8mm
  • 『PUZZLE』(2001年)演出・編集・選曲/20分/B&W/8mm
  • 『真珠のように輝いた太陽』(2001年)撮影/15分/カラー/8mm
  • 『少女オルフェ』(2001年)演出・撮影・編集/20分/カラー/8mm
  • 『ヒカリトカゲ』(2002年)撮影・編集・選曲/50分/カラー/8mm
  • 『蒸発旅日記』(2003年)監督/85分/カラー/35mm (ワイズ出版)
  • 『蒲団龍宮記』(2003年)監督/25分/カラー/8mm (La Camera) 
  • 『逢魔ヶ時』(2003年)演出・撮影・編集・選曲/15分/カラー/8mm
  • 『あやかし横丁』(2003年)演出・撮影・編集/22分/カラー/8mm
  • 『彗星[Comet]』(2003年)演出/17分/カラー/16mm
  • 『そして彼女の手は優しく触れる』(2004年)15分/カラー/8mm
  • 『人の世に』(2004年)15分/カラー/8mm
  • 『彼岸花』(2004年)15分/カラー/8mm
  • 『黒猫ミヴァ』(2004年)13分/モノクローム/8mm
  • 『ドイツ鈴蘭』(2004年)30分/モノクローム+カラー/8mm
  • 『秋のユーモレスク』(2004年)30分/カラー/8mm
  • 『かげろふ』(2004年)12分/カラー/8mm
  • 『コバルトガラス』(2004年)18分/カラー/8mm
  • 『郷愁』(2004年)30分/カラー/8mm
  • 『Chrysathemun綺想』(2005年)20分/カラー/8mm
  • 『はずかしさと夢とひかりと』(2005年)48分/カラー/8mm
  • 『トタン街日和』(2005年)13分/カラー/8mm (LA CAMERA)
  • 『蝙蝠傘』(2006年)12分/カラー/8mm
  • 『Fragilitat』(2006年)25分/カラー/8mm
  • 『往復Ⅴ』(2006年)山崎幹夫との共作/50分/カラー/8mm
  • 『アフンルパル』(2007年)16分/カラー/8mm
  • 『木犀草の下にまつ毛を伏せて』(2007年)36分/モノクローム/8mm
  • 『青い夕方の向こうに影と光の縺れを見つめて』(2007年)25分/カラー/8mm
  • 『ふねまくら遠景』(2007年)31分/カラー/8mm (LA CAMERA)
  • 『白昼夢』(2008年)20分/カラー/8mm
  • 『チョコレット』(2008年)20分/カラー/8mm
  • 『ファンタシウム』(2008年)18分/カラー/8mm
  • 『明石』(2008年)12分/カラー/8mm
  • 『鏡の鏡』(2008年)(19分/カラー/8mm
  • 『ヰタ マキナリス』(2008年)21分/カラー/8mm
  • 『幻影』(2008年)20分/カラー/8mm
  • 『龍志漫歩』(2009年)10分/カラー/8mm
  • 『東京零年』(2009年)32分/モノクローム/8mm
  • 『青頭巾』(2009年)22分/カラー/8mm
  • 『琵琶姫』(2009年)19分/カラー/8mm
  • 『冬の旅』(2010年)38分/カラー+モノクローム/8mm (Ylva Salon)
  • 『夏の早朝と十二月の夕方』(2010年)49分/カラー/8mm
  • 『狂戀』(2010年)35分/カラー/8mm
  • 『春ノ柔カナ夜気ト秋ノ月露』(2011年)40分/カラー/8mm
  • 『絶望アラベスク』(2011年)34分/カラー/8mm
  • 『死と乙女』(2012年)34分/カラー/8mm
  • 『つげ義春の蒸発旅日記 ディレクターズ版』(2012年)90分/カラー+モノクローム/DVD (ワイズ出版)
  • 『幻景』(2013年)32分/カラー+モノクローム/8mm (DER VERLORENE SOHN)
  • 『シュトルム・ウント・ドランクッ』(2014年)138分/カラー/HD (シュトルム・ウント・ドランクッ製作実行委員会)
  • 『記憶』(2014年)23分/モノクローム/8mm  (Ylva Salon)
  • 『ソノ空虚ノ瞬間二』(2014年)24min, モノクロ+カラー/8mm (DER VERLORENE SOHN)
  • 『海のマリー』(2014年)38分/モノクロ+カラー/8mm (Ylva Salon)
  • 『白の上のモザイク』(2015-2016年) 35分/モノクロ+カラー、8mm
  • 『道・シュトラアセ』(2016年) 40分/モノクロ+カラー/8mm (DER VERLORENE SOHN)
  • 『幻視の一瞬』(2017年)3分/モノクロ/8mm
  • 『シリウス頌』(2017年)5分/モノクロ+カラー/8mm
以上、(銀河画報社映画倶楽部)(LA CAMERA)など記載がある以外はヤマヴィカ・フィルムとして制作・発表(但し、DER VERLORENE SOHNとYlva Salonはヤマヴィカ・フィルム)

作品(漫画)

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  • 「紅燈夜曲・哀愁の町に星が降る 桃色月夜篇」(1975年) - 『銀河画報 初夏の號』/2002年『幻燈』4号再録
  • 「赤魚河岸」(1976年) - 『銀河画報 第参號』
  • 「日向の匂い」(1992年) - 『夜行』18号
  • 「浮世」(1994年) - 『夜行』19号
  • 「戯れ」(1995年) - 『夜行』20号
  • 「うつぶせ」(1998年) - 『幻燈』1号
  • 「いたずら」(2000年) - 『幻燈』2号
  • 「みち草」(2001年) - 『幻燈』3号
  • 「みどり龜」(2005年) - 『幻燈』6号
  • 「冬の猫の泣き聲」(2007年) - 『幻燈』7号
  • 「ダンディズ夢の涙」(2008年) - 漫画集『戯れ』書き下ろし
  • 「人魚」(2009年) - 『幻燈』10号 *細密ペン画
  • 「燃えるようなオレンジ色の閃光で囲まれた青い横顔」(2010年) - 『幻燈』11号
  • 「私ノ青ヒ塔ノ中ニ誰ガイルノ」(2011年) - 『幻燈』12号
  • 「午前三時に蝋燭の火が蒼ざめる」(2013年) - 『幻燈』13号

注釈

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  1.  1991年から1999年まで乃木坂に存在。2001年に代沢(下北沢)へ移転。

出典

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  1.  “スタッフ - 山田勇男監督|シュトルム・ウント・ドランクッ”. 2016年1月5日閲覧。[リンク切れ]
  2.  “yamavicascope ヤマヴィカスコープ座 _ ABOUT”. 2016年1月5日閲覧。
  3.  “一般公募部門入選作品|PFFアワード|ぴあフィルムフェスティバル(PFF)公式サイト”. 2016年1月5日閲覧。
  4.  “湊谷夢吉プロフィール”. 2016年1月5日閲覧。
  5.  偶景とはフランス文学者沢崎浩平の造語。ロラン・バルトの著書『Incidents(英語版)(仏:アンシダン、英:インシデント)』(出来事や偶発事)を訳すために造った。

参考文献

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  • 『YAMADA ISAO 夢のフィールド』 イメージ・ガリレオ〈イメージ・ガリレオ選書〉、1990年
  • 神戸アートビレッジセンター編『星のフラグメント 山田勇男のあしおと』 ワイズ出版、2003年
  • YHIイルバ・サロン編『The Cosmology OF ISAO YAMADA~ヤマヴィカ宇宙学Ⅱ』 虹霓社、2015年

関連項目

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外部リンク

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2026年10月16日金曜日

書籍 : 生田耕作

 生田 耕作(いくた こうさく、1924年(大正13年)7月7日 - 1994年(平成6年)10月21日)は、日本のフランス文学者、評論家。京都大学名誉教授。雅号に「双蓮居」「鷹峰閑人」「敗荷」ほか。

来歴・人物

京都祇園出身。曽祖父は、富山県と岐阜県境の平家谷、五箇山(現在、世界遺産の富山県南砺市五箇山)上平村、の初代村長・生田長四郎。

1947年大阪外事専門学校(現・大阪大学外国語学部)フランス科卒、1950年[1]京都大学文学部仏文科卒。

フランス異端文学の紹介に努め、自らの著作を出版するプライベートプレス(私家版出版)「奢灞都館」(さばとやかた、「サバト館」と記される場合もあり)を監修、多くの著作を残した。

三島由紀夫は『小説とは何か』で、生田耕作のバタイユ訳を絶賛。1960年代、セリーヌの「夜の果ての旅」を翻訳出版。反戦主義に徹し、澁澤龍彦らと共に学生紛争世代の若者の象徴的存在として、社会に大きな影響を与えた。1972年には思潮社『別冊現代詩手帖 泉鏡花特集』を編集、戦後、文学界の埒外に置かれていた泉鏡花再評価の大きな流れを作った。また別に晩年には、山崎俊夫や山田一夫、木水彌三郎など忘れられた名文学者の復権に努める。

ジャーナリズムに迎合する文芸界に愛想を尽かし、澁澤、土方巽ほか多くの盟友と袂を分かち、東京ジャーナリズムと距離を置き、関西を拠点に独自の活動を始めた。

1980年代にはサバト館より出版した『バイロス画集』が猥褻図画容疑で横浜地検に摘発されたが、多くの著名人を巻き込んで大論争となり「ワイセツではなく芸術…芸術なぜ悪い」と訴え続け勝訴。しかし、この事件で京都大学と意見が対立、自ら大学教授の職を辞する。また、京都府が打ち出した、鴨川を掘り下げ上流にダムを建設するという改修計画に対して激しく反論。京都の伝統的景観の保全を訴え、改修計画を断念させるなど、生涯孤高の姿勢を貫いた。

古書収集家としても知られ、次男・生田敦夫と共に収集を続けた泉鏡花コレクションは、点数の多さとクオリティーの高さが大きく評価されている。2004年(平成16年)に「生田コレクション」として全点、金沢市の泉鏡花生家跡にある泉鏡花記念館に収まる。

江戸後期の漢詩にも精通し、晩年は「日本文化研究会」を主催、柏木如亭ほか多くの漢詩人や画家の研究に努める。

最晩年、無機質な大病院での延命治療を拒否し、自宅(洛北鷹峰、光悦寺近く)にて療養する。1994年10月21日、前立腺癌の転移により、親族や弟子たちに見守られ他界。生前最後の言葉は、無言の昏睡状態から容態が悪化、急遽訪れた医師に対し、逝去数時間前の渾身の力を振り絞って語った「もうこれ以上、私を生かすための処置は結構です。先生、本当にありがとうございました」。享年70。墓所は京都市北区鷹峰の常照寺(吉野太夫の墓所)。命日は「鴨東忌」と呼ばれる。

家族

生田耕作の前妻で、長男・文夫、二男・敦夫の実母・章子は、日本画家で、秋野不矩に師事。生田の後妻・かをるは、最晩年まで「奢灞都館」の活動を引き継いでいた。

長男・生田文夫は翻訳家・著述家。次男・生田敦夫は製本装丁家・古文化財、美術工芸品保存修復師・著述家。

弟の萩原貞二郎は翻訳家。その娘(生田にとっては姪)の生田智恵子は出版・編集グループ「エディシオン・アルシーヴ」に関わっていた。智恵子の夫に、フランス神秘思想研究者の田中義広。

主な著作

著作

  • 『るさんちまん』(人文書院) 1975
  • 『ダンディズム:栄光と悲惨』(中央公論社) 1980、中公文庫 1999
  • 『黒い文学館』(中央公論社) 1981、中公文庫 2002
  • 『紙魚巷談』(倒語社) 1984
  • 『鴨川風雅集』(京都書院) 1990
  • 『生田耕作評論集成 第一巻 超現実の方向へ』(奢霸都館) 1991
  • 『無削除改訂版 バイロス画集』第Ⅰ・Ⅱ集(編集、奢霸都館) 1992
  • 『生田耕作評論集成 第二巻 文人を偲ぶ』(奢霸都館) 1992
  • 『生田耕作評論集成 第三巻 異端の群像』(奢霸都館) 1993
  • 『卑怯者の天国 - 生田耕作発言集成』(人文書院) 1993
  • 『フランスの愛書家たち』(編著、奢霸都館) 1993
  • 『洛中洛外漢詩紀行』(坂井輝久と共著、人文書院) 1994
  • 『クノップフの世紀:絵画と魔術』(奢霸都館) 1995
  • 『生田耕作評論集成 第四巻 滅びの文学』(奢霸都館) 1996
  • 『鏡花本今昔』(奢霸都館) 1999

翻訳

ジョルジュ・バタイユ
  • 『マダム・エドワルダ』(Madame Edwarda、ジョルジュ・バタイユ、河出書房新社、人間の文学) 1967
    • 新版『眼球譚/マダム・エドワルダ』講談社文庫 1976
    • 『マダム・エドワルダ』角川文庫 1976、改訳版1992
  • 『聖なる神 ジョルジュ・バタイユ著作集』二見書房 1971
    • 『聖なる神 三部作』二見書房 1996
  • 『眼球譚 太陽肛門/供犠/松毬の眼 著作集』二見書房 1972
  • 『不可能なもの 著作集』二見書房 1975
  • 『呪われた部分 著作集』二見書房 1984
  • 『初稿 眼球譚』(ジョルジュ・バタイユ、河出書房新社) 1977、河出文庫 2003
  • 『太陽肛門』(ジョルジュ・バタイユ、奢霸都館) 1985
ピエール・ド・マンディアルグ
  • 『黒い美術館』(ピエール・ド・マンディアルグ、白水社、新しい世界の短編) 1968
  • 『余白の街』(マンディアルグ、河出書房新社) 1970
  • 『ボナ わが愛と絵画』(マンディアルグ、新潮社、叢書 創造の小径) 1976
  • 『オートバイ』(La Motocyclette、マンディアルグ、白水社、世界の文学) 1979、白水Uブックス 1984
  • 『燠火 - マンディアルグ短編集』(マンディアルグ、白水社) 1979、白水Uブックス 1989
  • 『ビアズレーの墓 - 支那風ダンディ』(マンディアルグ、奢霸都館) 1981
  • 『閉ざされた城の中で語る英吉利人』(L'Anglais décrit dans le château fermé、ピエール・モリオン[3]、ハンス・ベルメール挿画、奢覇都館) 1981、新版1989
    • 新版『閉ざされた城の中で語る英吉利人』(金子國義挿画、中公文庫) 2003
  • 『狼の太陽 - マンディアルグ短編集』(ピエール・ド・マンディアルグ、白水社) 1987、白水Uブックス 1989
  • 『ポムレー路地』(マンディアルグ、奢霸都館) 1988

脚注

  1.  京都大学広報委員会「京大広報 No.475」『京大広報』第475巻、京都大学広報委員会、1994年11月。
  2.  初訳は『ウィーンの調べほか』「世界大ロマン全集 第60巻」東京創元社、1959。完全改訳版
  3.  マンディアルグの変名、限定特装版も刊

関連項目

外部リンク